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8.12023
Vol. 208 Overcoatings
暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
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さて、この酷暑の中、恐縮ですが、冬物のコートのお話です(笑)
もともと19世紀の後半まで、ジャケットと呼ばれるものは存在せず、すべて「コート」でした。
フランスのアビ・ア・ラ・フランセーズにしろ、英国のフロックコート、イブニングコート、モーニングコートにしろ、コートという名前でありながら、実際は室内着である、今でいうスーツでした。
その後、スポーツや室内でくつろぐ際に着丈が長いと煩わしいので徐々に短くなり、いわゆる「ジャケット」が誕生しました。
実際、ジャケットも、正式には「スポーツコート」と呼びます。
この辺りの紳士服の変遷については非常に面白いのですが、限られた紙幅ですので、またあたらめて。
それでは、コートのお話ですが、上述のような流れもありコートという分類は非常にあいまいで、いわゆる我々が想像するアウター(外套)は「オーバーコート」と「レインコート」と、大きく二つに分かれると言っても過言ではないと思います。
それぞれ、目的が全く異なります。オーバーコートは防寒のため、レインコートは雨をしのぐため。
(余談ですが、ヨーロッパの人は雨が降ってもあまり傘をささないですよね。なぜ?って聞くと、ほとんどの人が、「私たちは砂糖じゃないから濡れても溶けない!」と答えます。)
今回は、来るべき季節を考慮し、オーバーコート生地の説明をしたいと思います。
まず、レインコートの素材である、コットンやコットン・ポリエステルに生地には、防寒の効果は一切ありません。
夢枕獏の「エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)」は登山家、羽生丈二がエヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂を目指す物語に、1924年に英国が国威発揚のために編成したエヴェレスト遠征隊に参加したジョージ・マロリーが世界初登頂を成し遂げたか、という登山界の謎をからめた小説です。
その中にこのような記述があります。
「たとえば、冬山の場合、綿の下着を肌に付けるのは、最悪である。
更に、1924年のマロリーたちの遠征隊について、「ちなみに、この一次隊の隊長、ハワード・バリー大佐は、
また、史上最大の山岳事故と言われる、新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」や映画「八甲田山」で有名な1902年の陸軍青森第5連隊の八甲田山雪中行軍遭難事故(210名の参加者中199名が死亡)においても、下士官以上は、ウールの軍服とコートを着用していたのに対し、一般兵はコットンの軍服を着用していたといわれ、もちろん、原因はそれだけではないにしろ、一般兵の生存率がかなり低かったようです。
明治期に入り、ウールの原毛や毛織物はすべて輸入に頼っていた日本政府も、来るべきロシア戦などを踏まえ、ウールの軍服の自給自足を目指し、北海道、岩手、福島、長野などでめん羊振興を進めました。(めん羊とは、食用ではなく、ウールをとるための羊)
現在、ほとんどが廃れてしまいましたがが、当店でも取り扱っている岩手のホームスパンが辛うじて、面影を残しています。
また、岩手には民間事業としてめん羊飼養に取り組んだ小岩井農場が今も多くの観光客を集めています。
話はどんどん横道に逸れてしまいましたが、要は、防寒を目的としたオーバーコートにコットンは不向きで、ウールをはじめとする獣毛が必須であるということです。
それでは、オーバーコート用の服地についてまとめてみたいと思います。
まず、オーバーコート用の服地としては、大きく「梳毛」と「紡毛」に分かれます。
梳毛は長い原毛を使用し、カーディングやコーミングといった工程で繊維を平行にそろえて引き延ばし糸を紡いでいくため、表面の滑らかな毛羽立ちが少ない糸が出来上がります。
それに対して、紡毛は比較的短い繊維を使用し、繊維を平行にそろえる工程を経ずに撚りをかけて糸を作るため、毛羽立った風合いになります。
冬場のオーバーコートの多くがこの紡毛糸の織物で、内部に空気を含むため、大きな断熱効果を得ることができます。
この紡毛のオーバーコート地の代表格はカシミアです。
W.Bill “Classic Coating” 100% Cashmere 490/500g
羊毛に比べ、繊維の直径が細くしなやかであるため豪華な光沢があり、柔らかくヌメリ感のある独特の風合いで、身体にまとわりつくため非常に温かい素材です。
カシミアはカシミア山羊の毛となりますが、それより高価な服地には、グァナコ(動物名もグァナコ)、アイベックス、別名ヤンギャー(同アイベックス)、キヴィアック(同じゃ香牛)、ビキューナ(同ビクーニャ)などがあり、ビキューナはカシミアの数十倍の価格になります。
(Left) Fukaki 100% Guanaco 485g
(Right) Fukaki 100% Ibex 470g
(Left) Fukaki 100% Qiviuk 440g
(Right) Fukaki 100% Vicuna 490g
一般的に、標高の高い地域に生息する動物ほど、器官を寒さから守るために体表には細い毛が密集して生えており、細い毛ほど空気を多く含むため温かく、それに比例して価格も上がります。
逆に、カシミアより安価なものでは、ウールとカシミアの混紡やウール100%などがあります。
(Left) MTR “Dario” 85% Wool 15% Cashmere 440g
(Right) Loropiana “Overcoatings” 100% Wool 580/600g
ただ、価格の問題ではなく、雨や雪を気にすることなく、気兼ねなく着用ができる点は、カシミアより優れていると言えます。
身体やスーツを守る外套である以上、これが本来の使い方ですよね。
また、使用目的や地域の特性から、服地とオーバーコートの形が同時に発展した例も多く、
◆ ポロコートとキャメルヘア(らくだの毛)
ポロの競技者が待ち時間に着用する。
◆ チロリアンローデンシューティングコートとローデンクロス(80% Wool 20% Alpaca)
オーストリアのチロル地方で狩猟の際に着用された。
◆ ピーコートとメルトン(100% Wool)
19世紀から英国海軍において艦上用の軍服として着用された。
◆ ブリティッシュウォームとブリティッシュウォーム(生地の名前もコート名と同じ)
第一次世界大戦時、英国陸軍において、塹壕戦の際に着用された。
などがそれで、多くは実用を考慮し、生地を縮絨(強制的に生地を縮ませ、緻密な織物にする)させ、より防寒性、防風性、防水性を高めたものが多くなります。
(Left) Harrisons “Overcoating” 100% Camelhair 620g
(Right) Leichtfied “Loden” 80% Wool 20% Alpaca 540g
(Left) Abraham Moon “Melton” 100% Wool 970g
(Right) Harrisons “British Warm” 100% Wool 850g
一方、梳毛織物は、オーバーコートにはあまり多く使われません。
ただ、前述のように梳毛は毛羽立ちが少なく、なめらかな見栄えになるため、ヘリンボーンなど織柄のオーバーコート生地を作るには適していると言えます。
(Left) Taylor & Lodge “Original Luxuary Bale” 100% Wool 570g
(Right) Harrisons “Overcoating” 85% Lumbs Golden Bale wool 15% Worsted Spun Cashmere 630/650g
そして、服地とオーバーコートが同時に発展したものとしては、
◆ カバートコートとカバートクロス(100% Wool)
があります。
Harrisons “Covert Cloth” 100% Wool 560g
これは、英国におけるハンティングの際に着用したもので、緻密な織物のおかげで、森の中を馬で走るための撥水性や防風性を兼ね備えた軽量のオーバーコートとなります。
街着としては、紡毛のコートに比べ、前後でそれぞれ1か月ぐらい着用が可能な便利なコートでもあります。
以上のようにオーバーコート生地は多種多様で、昨今は2種類以上の素材の特徴を生かしたハイブリッドなものや、最新の被膜を貼り合わせることで本来の素材の持つ風合いを維持しながら機能的な要素を加味したものなど、色々ありますのでぜひサンプルをご覧ください。
より分かりやすいように、それぞれの生地の画像を貼り付けたのですが、どれも同じに見えてしまいますね(笑)
申し訳ありません。
実際に生地を触っていただき、その違いをぜひ実感してみてください。
*上でお見せしたものは参考画像ですので、在庫切れのものもありますので、予めご了承ください。
*ご紹介したコートの現物はすべて、当店にありますので、ぜひご試着ください。
(出典)
LLPまちの編集室刊「てくり別冊 岩手のホームスパン」
角川文庫「エヴェレスト 神々の山嶺」
Wikipedia 「八甲田雪中行軍遭難事件」
(神戸タータン情報)
以前にもご紹介した「神戸セーラーボーイズ」の第2回目の公演が、8月4日(金)~6日(日)に開催されます。
詳しくはこちらをご覧ください。>>
ちなみに、神戸セーラーボーイズをプロデュースする株式会社ネルケプランニングは神戸タータン協議会のメンバーで、
彼らのユニフォームやグッズに神戸タータンがあしらわれています。
ぜひ、皆様のご来場をお待ちしています。